ケルバーダイン エグゼクスヴァーダイン バトルストーリー第28話『エグゼクトの帰還』
エグゼクスヴァーダイン バトルストーリー第二十八話(MC0040年『エグゼクトの帰還』)
夜風が、望楼の埃を巻き上げていく。
「この門に、守備隊なんて要るんすか?」
床に寝そべったまま、ドモが訊いてきた。
先週配属されてきたばかりの、新入りだ。
「開かずの門っすよね、ここ。俺、ガキの頃から一度も開いてるとこ見たことないっす。誰も通らない門を、何から守るんすか」
「……お前、なんで開かねえのか、知ってて言ってんのか」
「いや。昔から開いてない、ってだけっす。上官に、行けって言われただけで」
また無能が回されてきた。
俺も同じだがな。
開かずの東門を守る俺たちは、リザレクト軍でいちばんの閑職だ。
やることといえば、望楼の昼寝と、開かない門の埃を眺めることぐらい。
「開いたことは、あるんだよ。一度だけな。エグゼクトどもを叩き出したときだ。それきりだ」
「へえ。ここからっすか」
「エグゼクト革命軍。学校で習わなかったか」
「……なんか、聞いたことはあるっす」
七十年あまり前。
この都が、まだグロッフと呼ばれていた頃の話だ。
革命軍を名乗るごろつきの寄せ集めが、都に火を放った。
ガイストダイン事件。
街は火の海、隣のスフィアエッグまで巻き込んだ大災害だ。
都の連中は、奴らを許さなかった。
追放じゃない。開拓団だ、と。
そんな体のいい名前をくれてやって、この門から荒野へ叩き出したのさ。
それが、エグゼクトどもの始まりだ。
「ああ。ゴミはゴミ捨て場へ、だ。この都に居座られるより、荒野でギチのエサになってもらった方がよっぽどいい」
追い出して、正解だった。
連中がいなくなってから、この都は静かになったと、年寄りは皆そう言う。
リザレクティアの門は、三つ。
正門である南のイシディス門は、人と物で年中ごった返している。
西のシルチス門からは、スフィアエッグをはじめ地方へと続く街道が延びる。
北に門はない。
山脈が、そのまま壁だ。
その最奥に、この国でいちばん大事なものが眠っている。
そして、この東の門だけは――開かない。
「エリシウム門、っていうんすよね、ここ。なんか強そうな名前っす」
「古い言葉で、楽園、だとよ」
それまで門はどれも、ただ東門、南門と呼ばれていた。
出ていく者たちが、せめて楽園へたどり着けるように。
昔の誰かが、お人好しにもそう願って、この門をエリシウムと名付けたらしい。
正門と西門に名が付いたのは、そのついでだ。
楽園。
ゴミを叩き出した穴に、名前負けにも、ほどがある。
俺たちの持ち場は、その開かずの門の開閉機関。
分厚い装甲の奥で眠る、たった一つのスイッチだ。
これを押せば、あの巨大な門が開く。
「次はいつ開くんすか?」
「永久に開かねえよ」
そう言って、二人で笑った。
ぐらり、と。
床が、揺れた。
地鳴りが、あとから来た。
笑いが、止まった。
「なんすか今の。地震すか?」
違う。
音は、地の底から聞こえた。
警鐘が鳴り出した。
一つではない。
二つ、三つ……市街の奥から、次々と。
「敵襲! 敵襲ーーッ!」
「エグゼクト軍だ! 市内にエグゼクト軍がいるぞ!」
ありえない。
ここは復活都市リザレクティア。
ミキシングワールド最古の歴史を誇る、リザレクトの王都だ。
見上げるほどの城壁が都市をぐるりと囲み、建国このかた、敵の侵入をただの一度も許したことがない。
先の総攻撃では、城門の上までエグゼクト軍に取り付かれた。
それでも、撃退した。
壁は破られなかった。
門は、開かなかった。
なのに、あのゴミどもが今、市内にいる。
壁を越えたのではない。
地の底から、湧いた。
最下層の貧民街、ギチどもの巣穴から噴き出してきたと、伝令が叫んでいた。
「東門守備隊、総員配置ーーッ!」
隊長の怒号で、俺とドモはブリアードに飛び乗った。
昔から、防衛部隊のケルバーダインはブリアードと決まっている。
かつてこの都に住み着いた、あのガットを討ち取った機体だ。
中央公園には今も、初代ガットスレイヤーの記念碑が立っている。
ブリアードへの信頼は、もう信仰に近い。
もっとも、東門のブリアードが信仰を試される日が来るとは、誰も思っていなかったが。
エグゼクトのケルバーダインは、まっすぐに来た。
市内に湧いた部隊が、略奪も破壊もせず、一直線に開閉機関へ殺到してくる。
奴らの狙いは、最初からこれだった。
内から、門を開ける。
外で待つ本隊を、招き入れるために。
三つの門でいちばん手薄なのが、ここだ。
「させるか……ッ!」
赤いゼノアイの群れが、夜の通りを埋めていく。
撃つ。突く。押し返す。
敵味方のケルバーダインが次々とゴミに戻っていく。
焼けたプラスチックの匂いで、鼻の奥が痛い。
被弾のたびに胸のRICが剥がれ、ブリアードの動きが目に見えて鈍っていく。
ドモの機体が、バテスに腕をもがれて転がった。
ごう、と。
低く軋む音を立てて、門が――動いた。
押された!
誰も押したことのない、あのスイッチを。
「取り返せ! 閉門スイッチだ! 閉門スイッチを押せーーッ!」
生き残り全員で、開閉機関に群がるエグゼクトへ突っ込む。
決死の斉射が敵の隊列を薙ぎ倒し、瓦礫を掻き分けて、誰かのブリアードが――押した!
門が、止まる。
軋みながら、ゆっくりと、閉じ始める。
閉まれ。
閉まれ!
閉まれ閉まれ閉まれ……!
隙間は、あと僅か。
その隙間の向こうに、赤い光の海が見えた。
門前に集結した、エグゼクト軍ケルバーダインのゼノアイの海だ。
間に合う。
閉まりきれば、奴らはもう入れない。
リザレクティアは護りきれる。
俺は、そう思った。
たぶん、全員が。
その瞬間。
夜の闇に、閃光が走った。
音は、後から来た。
巨大なエネルギーの奔流が、閉じかけた門の、最後の隙間に突き刺さり――
ドドドドドオオオオオオオンンン!!!
門が、内側へ向かって、バラバラに弾け飛んだ。
その光が、地に転がっていたドモの機体を掠めた。
悲鳴は、なかった。
ドモは、ケルバーダインごと光の粒子に分解されて、夜へ消えた。
破片の一つも、残らなかった。
衝撃で、ブリアードごと転がされた。
視界が回る。
耳が、音を拾わない。
土煙の向こうから、燃える破片がぱらぱらと降ってくる。
東門が。
七十年あまり、ただの一度も開くことのなかった開かずの門が、砕けていた。
見上げるほどの装甲の残骸が、瓦礫の山となって積み上がっている。
わずかな隙間に、破壊的な威力を持つ閃光が捩じ込まれたのだ。
閉まりきってさえいれば、防げたはずだった。
あと、ほんの数秒だった。
瓦礫が舞い上げた土煙の中に、巨大な影があった。
みし、みし、と瓦礫を踏み潰しながら、それは門であった場所をくぐってくる。
竜だ。
巨大な古の竜の姿をしたケルバーダイン。
でかい。
望楼から見下ろしていたはずの門の残骸を、こいつは跨いでいる。
ブリアードの胴体を、限界まで反らさなければ、頭が見えない。
甲冑めいた黒い装甲の隙間から、熾火のような赤がちらちらと覗いている。
長い尾がひと薙ぎするたび、瓦礫の山が崩れて散った。
誰かが、掠れた声で言った。
「ヴァーダインだ……」
その名は、ミキシングワールドのケルバーなら子供でも知っている。
エグゼクト大総統ゼノヴァが駆る、人類が存在する遥か昔に地上を闊歩した巨竜の姿をしたケルバーダイン。
嘘だ、と思った。
ヴァーダインはエグゼクト統一宣言の前日に姿を見せたのを最後に、もう十年、誰の前にも現れていない。
大総統は重き地位ゆえ、もう前線には出られぬのだと言う者がいた。
エグゼクスを重ねすぎて、もう戦える体ではないのだと言う者がいた。
ゼノヴァはとうに死んでいて、玉座にあるのは影武者だ。ゆえに、ヴァーダインを駆れる者はもういない。まことしやかに、そう囁く者さえいた。
伝説のケルバーダイン、ヴァーダインは、過去のものになったはずだった。
その過去が今、目の前で瓦礫を踏んでいる。
荒野で野垂れ死んだはずの、ゴミどもの王を乗せて。
竜が、咆哮した。
「ヴオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
咆哮だけで、望楼の警鐘がぐわんぐわんと勝手に鳴った。
そして。
深く、低く、腹の底まで浸透する声が、夜のリザレクティアに響き渡った。
「聞け。リザレクトの民よ」
「我々は――帰ってきた」
「思い出すがいい。我らの祖は、かつてこの門から追われた」
「住む場所を奪われ、荒野でギチのエサとなって果てよと追い立てられた」
「だが、我らは死ななかった」
「ミキシングワールドの果てで遺跡を掘り、都市を建て、十の氏族は幾千万の同胞となった」
「見よ。追われた民は、かくも大きく育った」
「今宵、七十余年の流浪は終わる」
「我々は醜き巨人どもの肉体を屠り、この世界の間違いを正しに来たのだ」
「進め、エグゼクトの民よ! ミキシングワールドを、真なるケルバーの楽園とするのだ!」
門の外の赤い光の海が、一斉に燃え上がった。
「エグゼクト! エグゼクト! エグゼクト!」
大地を揺らして、エグゼクト軍が雪崩れ込んでくる。
「に、逃げろ……逃げろおおおおおおおお!!」
味方が、慌てふためき、逃げ惑う。
俺は、動けなかった。
倒れたブリアードの中で、ただ見ていた。
黒い巨竜が、俺の頭上を跨いで、都の奥へと進んでいく。
踏み潰されることすら、なかった。
俺など、瓦礫と同じだった。
野垂れ死んだはずのゴミが。
二度と戻らないはずの連中が。
長い、長い旅を終えて。
エグゼクトが、帰ってきたのだ。
エリシウム。
楽園へたどり着けるように、と。
出ていく者たちに贈られた、餞の名前。
七十余年かけて、奴らは本当に、たどり着いたのだ。
ふいに、巨竜が足を止めた。
ずん、と。
大地を、踏み締める。
背中と腰の巨大なエジェクターがきゅいいいん、とまるでなにかが回転するかのような音を発し始める。
夜空から、光の粒が降り始めた。
回転音と共に無数の粒子が渦を巻き、エジェクターへと吸い込まれていく。
星を呑んでいるようだった。
光が、背から首へ、首から顎へと、装甲の隙間を伝って這い上がっていく。
大顎が、ゆっくりと開いた。
喉の奥が、白く灼けている。
門を砕き、ドモを消した、あの光だ。
そして――
全てを無に帰す破壊の閃光が、リザレクトの中枢に向かって放たれた。
エグゼクスヴァーダイン 機体解説
エグゼクスヴァーダインは、エグゼクト大総統ゼノヴァが騎乗するケルバーダインである。MC0022年に開拓村ドーファルインで急造されたオリジナルヴァーダインがエグゼクスを重ね、進化の末に到達した姿だ。
原型機の面影は、頭部とカラーリングにしか残っていない。かつてのヴァーダインの胴体が、そのまま現在の頭部のメインブロックとなっている。
原型機となったヴァーダインは、エグゼクト統一戦争のさなか、戦死した仲間のパーツをエグゼクスしていくことで、戦いごとにその姿形を変えていった。竜の姿となったのは統一戦争の後期である。
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ミキシングワールドにおいては、生き残ることこそが最大の優越性であると考えられている。ゆえに絶滅生物、とりわけ旧人類が誕生するよりはるか以前に絶滅した恐竜は、弱く愚かな生物であるとされてきた。ゼノヴァがなぜティラノサウルスという恐竜を、進化したヴァーダインのモチーフに選んだのか?当初は疑問の声も多かった。
だがその絶大なパワーは、エグゼクト最大勢力であったグペイン派を破り、エグゼクトを統一してみせた。機体はエグゼクトの象徴となった。同時に絶滅生物への評価も一変し、それらをモチーフとしたエグゼクスケルバーダインの研究が進むようになる。
ゼノヴァは統一戦争を通じ、常に前線でヴァーダインとともに戦った。その戦いぶりは味方の士気をおおいに高めた。だが司令官であり首長でもある者が前線に立ち続けることは、その戦死という危険と常に隣り合わせでもあった。
そしてMC0030年、エグゼクト統一宣言の直前に姿を見せたのを最後に、ヴァーダインは姿を見せなくなる。前線を退き、内政と統率に専念するためであると考えられた。また、そのあまりにも多いエグゼクス回数により精神と肉体に限界が来ており、もはやケルバーダインに騎乗して戦うことができない、という見方も有力であった。
ヴァーダインが持つ最強の武器が死電粒子砲だ。ミキシングワールドの上空には、生物やケルバーを触れるだけで死や発狂に追いやる死の電波が満ちている。
ヴァーダインはこの死の電波を背部エジェクターから取り込み、圧縮し、口から解放する。極めて強力な光線兵器である。
圧縮された死の電波は、触れたケルバーや物質を分解し、霧散させる。分解しきれないほど巨大な物体であっても、そのエネルギーの衝突が絶大な破壊をもたらす。ほんのわずかに接触するだけでも危険な死の電波を取り込み、なぜヴァーダインが平気でいられるのか。その原因は不明である。
ただし連発はできない。発射には一定のチャージ時間を必要とする。
長い尻尾はムチのようにしなり、その一撃はリザレクトの大型ケルバーダインすらバラバラにする威力を持つ。
手足のツメも強力な武器だ。原型となったティラノサウルスよりもはるかに太い腕は意外にも器用に動く。一見鈍重に見えるが、速さを尊ぶヴィス族のケルバーダインすら追いつけないほど素早い動きも可能であるとされる。
全身には、SNTペグが何十個も装着されている。SNTペグとは、旧人類が衣類を乾燥させる際、風で飛んだり落ちたりしないよう留めておくためのクリップである。エグゼクト製ケルバーダインに多用される素材だ。
この多数のSNTペグは、そのすべてが戦死したエグゼクト兵のケルバーダインのパーツである。すべてエグゼクスによって装着されたものだ。
RICは赤黒のエグゼクトカラーであり、MC0022年に開拓村ドーファルインで急造されたときから、一度も変わっていない。何百回のエグゼクスによって全身のパーツが入れ替わってなお、黒と赤であり続けている。
MC0040年のヴァーダインは、もはや単体のケルバーダインではない。エグゼクトの思想そのもの、その怨念そのものが型となった群体とも言える存在である。
完全戦争において、ゼノヴァのヴァーダインはすでに過去のケルバーダインであると考えられていた。
だがMC0040年の第三次リザレクティア総攻撃において、十年ぶりにその姿を現す。リザレクティアを陥落させ、リザレクト二代目国王ローガスが駆るガルガンチュアケルバーダイン「クロノス」と壮絶な戦いを繰り広げ、ついに残されていた旧人類の肉体の80%を滅することに成功したのである。