ケルバーダイン グレーターズーブン(製造年不明)バトルストーリー第27話『光り輝く至宝』
グレーターズーブン バトルストーリー第二十七話(MC0041年『光り輝く至宝』)
夜の闇を、閃光が裂いた。
リザレクト最強のガルガンチュアケルバーダイン、クロノス。
王の駆るその巨躯が、夜を白昼に照らす光の濁流になすすべもなく押し流され、リザレクトの至宝に叩きつけられる。
人類肉体保管庫、ヴァリス・マリネリス。
リザレクトという国が抱えた、たったひとつの意味そのものだ。
叩きつけられた壁に、大穴が開いていた。
闇へ通じる、黒い口が。
クロノスが、破れた。
不敗と信じられていた、ローガス王のケルバーダインが。
突如として、復活都市リザレクティアの内側からエグゼクト軍のケルバーダインが湧き出した。
無敵を誇った城壁は、内と外から食い破られ、その門は大きく開かれる。
リザレクティアは今、陥落せんとしていた。
エグゼクト軍が、人類の肉体を滅ぼさんと、外壁の大穴からヴァリス・マリネリスへ雪崩れ込む。
「ローガス様が……!」
「リザレクトはおしまいだ!」
「おお、ギガンテスよ、我らをお救いください……!」
不意を打たれたリザレクト軍は、炎のように襲いかかるエグゼクトを果敢に跳ね除けていた。
だが。
不敗と信じた王の敗北を目にして、混乱と絶望に呑まれかけていた。
その中に、ただ一機。
希望を捨てず、単騎で敵を撃退する、赤銅色のケルバーダインがあった。
通常のケルバーダインよりひとまわり大きな巨躯。
リザレクト王位第一継承権の持ち主にして、純血騎士団副団長――タッカー・フィーナのズーブンだ。
「膝を折るな! まだ勝機はある!」
タッカーは怒号を飛ばし、うなだれる兵たちを叱咤する。
「王が倒れたくらいで、なんだ。我らが護るべき輝かしき肉体は、この奥にあるのだぞ!」
丸く、表情のうかがえないズーブンの顔。
そこから発される声は、およそその顔からは信じられぬほど、どっしりと据わっていた。
そのタッカーの背後から。
ぬう、と、奇怪な影が忍び寄る。
禍々しい鎌を持つ、白亜のケルバーダイン。
骨のように白い体。
エグゼクト第八軍団長、リオレラの――エグザンティス。
「タッカー!」
振り下ろされたカマを、咄嗟に、一機のケルバーダインが受け止めた。
白銀の全身鎧のごとく。
赤熱してこびりついた溶樹脂を滴らせる槍を構える、騎士の威容。
純血騎士団団長、ヴラド・ブイヨン卿の駆るプロージェLだ。
HNGランスが、ぢりり、と熱を放っている。
「気をつけよ、お前!」
ヴラドが叱る。
「ローガスが破れた今、お前までやられては、リザレクトはおしまいぞ!」
「――このときだからこそ、です、ブイヨン卿」
タッカーは、据わった声のまま返した。
「王が皆の手本となり、先頭に立ち、象徴として戦わねばならぬ。ノブレス・オブリージュ。それを私に教えてくれたのは……あなただ」
ヴラドの胸に、こんな絶望の底にあってなお、熱いものが込み上げた。
かつての弟子にして。
今は肩を並べる盟友にして。
やがて自らが膝をつき、仕えることになる――未来の王。
その姿を、吾輩は誇りに思う、と。
白亜の蟷螂が、カマを引き、構え直す。
ゼノアイが血のように赤く灯った。
「白亜の蟷螂よ。……三度目だな」
ヴラドは、静かに槍を回した。
「ヴラドよ。また邪魔をするか」
エグザンティスから、低い女性の声が返る。
「深き森。防壁の上。二度、貴殿とは雌雄を決せなんだ。だが、今日は退かぬ。私は、この奥のものを滅ぼしに来た。穢らわしい肉の塊が大事なら、来るがよい!」
刹那。
エグザンティスが、身を翻した。
四本の脚が、ぎち、と床を蹴る。
ヴラドの槍が届くより速く、白い体は大穴をくぐり、ヴァリス・マリネリスの奥へと駆け込んでいく。
「――逃がすか!」
「ブイヨン卿、私も行きます!」
赤銅と白銀が、白亜の背を追って、聖域へ雪崩れ込んだ。
内部は、狭かった。
壁一面に、ツェメリットコーティングのようなギザギザとした凹凸が刻まれている。
その険しい壁面を、エグザンティスは四本の脚をひっかけ、縦横無尽に駆け上がっていく。
狭隘な戦場では、虫型に利があった。
やがて、通路が開ける。
その先に、ひときわ濃い、黒い気配が澱んでいる。
エグザンティスが、脚を止め、向き直る。
ヴラドもまた、槍を構え、足を止めた。
「タッカー」
ヴラドは、白亜の蟷螂を見据えたまま言った。
「こやつは、吾輩が引き受ける。三度目の決着、つけてやらねばヤツに失礼というものよ」
「ブイヨン卿――」
「お前は、奥へ行け。あの黒い気配の正体を、確かめるのだ。人類の至宝を護れるのは……未来の王、お前しかおらぬ」
タッカーは頷いた。
赤銅色の巨体が身を翻し、通路の奥へと駆けていく。
その背に、ヴラドの雄叫びが轟いた。
「センチネエエエエル……!!」
白銀と白亜が、ギザギザの壁の狭間で激突する。
白銀の槍と、五月雨のカマ。
その剣戟の音は、たちまち背後へと遠ざかっていった。
タッカーは、ひたすらに奥を目指した。
エグゼクト軍のケルバーダインが絶え間なく襲いかかってくる。
これほどの敵軍が、すでに侵入していたのか!
右腕のPGVナイフで両断しながら突き進む。
刃はすぐに脆くなる。
ぱき、と根元から折り、次の刃を送り出す。
また折る。
また、送り出す。
この奥には、人類の肉体という至宝がある。
絶対に、守り抜かねばならない。
やがて、開けた。
ケルバーではない。
人間の、生身の巨体に合わせて作られた、途方もなく大きな空間。
そこで、タッカーは、生まれて初めて目にした。
人間の、生身の肉体を。
ミキシングワールドに生きる者で、それを見た者は、ほとんどいない。
PGでないかぎり、生身の人間に触れる機会など、ありはしない。
だからタッカーもまた、聞かされてきただけだった。
幼い頃から、幾度となく。
――人の肉体は、美しい。光り輝く、至宝である、と。
だが。
立ち並ぶ巨大な無数のガラスタンクから、溶液が漏れ出していた。
あちこちで炎が燃え広がり。
その油膜が、ぬらぬらと炎を映す。
ガラスの中で、毛の一本もない巨人が、力なくうなだれている。
落ちくぼんだ眼窩。
垂れ下がった、蒼白い皮膚。
命は、もう、どこにもなかった。
(想像していたものとは、まるで違う)
美しい、どころではない。
光り輝く、どころではない。
それは。
――醜かった。
そう思ってしまってから、タッカーは、ぞっとした。
至宝を、醜いと。
この身が命を賭して守るべきものを、悍ましいと。
そう感じてしまった自分が、許せなかった。
(違う。これは、迷いだ。心の弱さだ)
振り払おうとする。
だが、ガラスの中の死に顔から、どうしても、目が離せない。
こんなものを。
こんな、悍ましいものを。
本当に、何億人ものケルバーの命を賭して守ることが――正しいのか。
一度浮かんでしまった問いは、もう、消えてはくれなかった。
その、澱んだ思考の中心に。
ひときわ黒い塊が、あった。
黒く。
黒く。
ミキシングワールドの悪意を、すべて凝縮したような黒。
照り返す炎すら吸い込む、黒に包まれた巨龍。
エグゼクト大総統、ゼノヴァ・エグゼクスのヴァーダインだ。
クロノスを破り、そのまま肉体保管庫へ侵入し。
人類の肉体を滅するというその目的を、ついに果たしたのだ。
「――ゼノヴァァァァァァァァ……!!!」
浮かんだ迷いを、怒りで焼き払うように。
ズーブンが切りかかる。
だが、ヴァーダインはその巨体からは信じられぬ速さで身を翻すと。
太い尻尾を、ばぢん、とズーブンの胴へ叩きつけた。
赤銅色の体が、ボールのように壁を跳ねる。
ごろ、ごろ、と転がり、落ちる。
止まったのは、人類の肉体カプセルの、すぐ脇。
水の抜けきった、ぐちゃりと脱力した巨人の死に顔が。
ガラス一枚を隔てた、すぐそこにあった。
やはり、醜い、と。
思ってしまう自分を、もう、抑えられなかった。
これを守るために戦うのか?
いや。
戦う理由は‥‥‥‥ある!
この人類肉体保管庫、ヴァリス・マリネリスでは父と母が役目を勤めている。
人類に限りなく近きケルバー‥‥‥人体構成率85%を超える特別なケルバー「ピュアマテリアル」は歳を重ねるとヴァリス・マリネリスに入り、人類の肉体を護る任務に就く。
機密保持のため、一度入ると2度と戻れない。
自分もいつか、ここへ入る日が来る。
名誉な役目だ、いつか成長した姿を見せてくれ、と両親は笑って征った。
だが、妹は泣いていた。
どれほど再開できることを伝えても、納得しなかった。
いかないで、と手足をばたつかせて暴れる妹を肩に担ぎ、顔を蹴られながら両親を見送った。
その妹のために。
その両親のために。
タッカーのズーブンは豪速球のように、PGVナイフを突き立てんとヴァーダインへ突撃する。
しかし。
ヴァーダインは、こともなげにそれを受け止め、放り捨てた。
ぱきり、と。
赤銅色のRICが剥がれ、あちこちに下地のプラスチックの色が覗く。
コーティングの加護が薄れ、機体の動きが、目に見えて鈍っていく。
それでも、タッカーは立ち上がった。
リザレクトの民のために。
妹のために。
両親を、護るために。
先王ローガスが敗れた今、私がリザレクトの王なのだから!
満身創痍の赤銅色が、ぎしり、と身を起こす。
剥がれ落ちたRICの下から、下地のプラスチックが、無残に覗いていた。
指揮官の威容も、王の器も、もう見る影もない。
それでも。
タッカーは立ち上がる。
最後に残ったPGVナイフの刃をキチ、キチ、とせり出して
黒き巨竜へと、まっすぐに、跳んだ。
「うおおおおおおおおおおおおお……!!」
銀の刃が、黒い巨躯めがけて振り上げられ――
――――
エグゼクト軍は、去った。
リザレクティアは大きな傷を負ったが、壊滅には至らなかった。
リザレクト軍の必死の反撃のおかげだ、という声もあれば。
まるで水が引くように、エグゼクトが自ら退いたのだ、という奇妙な噂もあった。
夜が明ける。
戦いの終わったヴァリス・マリネリスの、大穴の片隅に。
座り込み、ボロボロになったズーブンが、ひとつ。
朝日を浴びて、剥がれ残った赤銅色の全身を、鈍く輝かせていた。
その傍らに、主の姿は、なかった。
タッカーは、帰らなかった。
この日、リザレクトは80%もの人類の肉体とともに、次代の王を失ったのである。
グレーターズーブン機体解説
グレーターズーブンはリザレクト地域で主に使用されている、強力な大型ケルバーダインである
一般的に広く使われているズーブンと違い、産出量の少ない大型のGCHカプセルをベースに再生構築されており、通常のズーブンに比べると一回り大きく、基礎性能も段違いに高い。
防御力が高く、騎乗ケルバーの生存率が高いため、リザレクト軍上級将校の乗機として選ばれることが多い。
その巨躯ゆえ、モールタイプの装備であるグラインダーアームを装備することも可能だ。
絶大な切断力を持つ大型のPGVナイフは一般的なケルバーダインを一振りで両断するほどの性能を秘めている。
HNGランスと並んでケルバーダインの最強武装に押す声も大きい
この個体はリザレクト3家のフィーナ家の当主、王位継承権第一位であったタッカー・フィーナの乗機である。
MC0041年の第三次リザレクティア総攻撃でタッカーは行方不明となり、本機は妹であるトア・フィーナに継承された。